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2009年2月27日 (金)

おくすり短歌・2月25日

 英山の尾根に雪の綿帽子かけて

 さようならさようなら笹井くん

「スライスチーズ、スライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」笹井宏之

 

こんな不思議な短歌を作る人がいた。先月末、心臓麻痺で急死した。有田町の歌人・笹井宏之さん。享年26歳。私は自分よりも若い友人の突然の死をしばらく受け入れることができなかった。

「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい 同

 笹井さんの存在を知ったのは4年前。「数えてゆけば会えます」という作品で第四回歌葉新人賞を受賞された。なかでも私はこの桜の歌に衝撃を受けた。「はなびら」という点字をなぞる人がいる。そしてその指先の感触が記憶の中の桜のイメージを呼び出す。不自由な現実のなかにこそ拡がる自由。それが笹井さんの詩なのだと思った。

そして冒頭の歌。チーズはかつて牛乳だった。それが固められ、スライスされ、丁寧に包装される。そんなこと作者は百も承知でこんな妙な質問をする。「スライスチーズになる前の話」をスライスチーズ本人(人?)に語らせようとする行為は滑稽だが、なぜか笑うことができない。目にみえない何かを探し求めようとする作者の切実な姿が見えるからだ。

 笹井さんは長い間身体の調子が悪く、自宅で療養を続けていた。自分の部屋の布団の上と窓から見える景色だけが彼の世界だったという。初七日の頃その部屋でご両親の話を伺う機会があった。丁寧に切り抜かれた新聞記事を見せていただく。彼が亡くなる寸前まで地元の新聞歌壇に投稿をしていたことを初めて知った。「掲載されるのを祖父母が楽しみにしていたもので」とご両親。彼は具合が悪いときも毎週欠かさず投稿していたのだそうだ。

 葬儀の日有田の山々に積もっていた雪はすっかりとけていた。彼がよく登ったという英山も雪の帽子をとり、切り立った山肌を陽に輝かせていた。  さようなら、笹井くん。

                           須藤歩実                

21年2月25日 毎日新聞九州版掲載

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