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2008年8月

2008年8月28日 (木)

おくすり短歌(28)

本当はわたしも知らない戦争を子らに伝えるおぼつかなさよ

 8月6日、夫と原爆記念日の話をしていた。
「げんばくって何?」この頃何かと大人の話に割り込むようになった年長組の娘が訊いた。私は「大きな爆弾だよ」と言って幼児用百科事典をひいた。「原爆」は、なかった。

 「大きな爆弾」という説明で納得した娘はそのまま遊びに行こうとしていた。ああ、それだけじゃないのにと思うが、うまく説明できない。なんとか娘をつかまえて続きを話そうとした。
 「あのね、大きな爆弾が広島の空で爆発して、熱い熱い光で町が溶けてしまったの。あっという間に人もビルも溶けた。それから火事が起こって赤ちゃんも子どもも学校も焼けたの。その光には毒があってね、生きていた人も病気になって、たくさんの人が死んでしまったの」私が一生懸命説明するものだから娘はおとなしく聞いていた。

「ひろしまってどこ?日本?」「日本よ。広島県」娘は百科事典で「広島県」を探し始めた。「あった!広島県。福岡に近いね」「そうだね。この長崎県にも落とされたんだよ」「長崎県も近い!こわいね。なんで戦争があったの?」「それはね、昔…」昔…?そんなに昔ではない。でも21世紀に生まれた娘にとってはもう昔なのかもしれないと考えている間に娘は隣の部屋に行ってしまった。テレビではいつものキャスターがいつもの通りニュースを読んでいた。

戦争をどう伝えればいいのだろう。戦争が始まった理由を、原爆のことを、この福岡の空にも飛行機がきて爆弾がたくさん落とされたことを、わたしが知らないことをまだ幼い子ども達にどう伝えていったらいいのだろう。 

 答えを保留したまま8月が終わろうとしている。

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2008年8月27日 (水)

戦争を伝える

今朝の毎日新聞九州版に「おくすり短歌」が掲載されました。

今回は子どもに戦争をどう伝えたらいいのだろうという問いかけで終わってしまいました。

わたしが小さい時は祖父が戦争にいったことや祖母の兄が戦死したこと、当時住んでいた家は教会の真裏だったことから福岡大空襲でやけのこったこと、天神や大名が焼けて薬院から海がみえたこと、裏のおばあちゃんが押し入れをあけたら不発弾が刺さっていたこと、夏がくるたびに身近な人から戦争の話を聞いてきました。

でも今は祖父母も亡くなり、身近に戦争を語ってくれる人がいなくなってしまいました。
本や映画を通して伝えると、どうしても自分の身の回りにも起きうる出来事として認識しにくくなると思います。やはり親やまわりの大人が子どもたちに語ってきかせなきゃいけない。今だからこそやらないといけないと、アフガニスタンの事件のニュースをみて思いました。

子どもは「なぜ」を知りたがります。でも大人になると面倒になって「なぜ」を考えなくなります。

この機会にみなさんもお子さんの「なぜ」に沿いながら戦争について考えてみられてはいかがでしょうか。

「おくすり短歌」は後日アップします。よろしくお願いします。

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2008年8月23日 (土)

お久しぶりです

お久しぶりです
月歩、二週間ぶりの更新です。

携帯で書いています。
入院して二週間、身体も大分楽になってきました。

ご心配おかけしていますが、そのうち復活しますので、いましばらくお待ちください。

それと、拙作が短歌研究新人賞の最終選考を通過したそうです。

一昨年が佳作で五首、去年は予選通過で二首、だから過去最高なんだけど、あんまり嬉しくないです。

短歌研究とはいまいち相性合わないんだろうなー。来年はもう出すのやめよう。

掲載誌、私はまだ読んでないけれど十首載っているそうなのでよかったら図書館ででも探してみてくださいね。
毎日新聞の「おくすり短歌」は来週水曜日に掲載予定です。

携帯で執筆しました。ケータイエッセイです(笑、うところやで)

今回の入院は携帯の機能にかなり助けられています。音楽も聴けるし、ラジオも聴ける。テレビの番組表も見られるし、小説も読める(これはかなり疲れたけれど)その気になれば買い物もできるんでしょ?そこまで使いこなせていないけど。

写真は母が買ってきてくれたハイビスカス。今朝、開きました。夏の花は逞しく咲きますね。癒されています。

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2008年8月 9日 (土)

入院します

体調を崩し、来週はじめから入院することになりました。

予定では1ヶ月。退院したら秋になっているかも。

みなさんもお体大切に。夏を乗り切ってくださいね。

須藤歩実

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2008年8月 5日 (火)

高校の椅子

Hennaisu 数年前にわたしの母校のS高校が建てかわるとき、うちの弟も同じ高校に在籍していて、旧校舎の思い出にこの椅子を記念にもらってきたらしい。校章・校名入り。めっちゃ古い。おそらく理科準備室か地学教室の隅に置かれていたのではないかな。見たことないよ、こんな椅子。中途半端な高さ。そしてクッションがだめになっているから、めっちゃすわり心地わるい。でも、すごく丈夫にできている。象がのってもたぶんだいじょうぶ。

それにしても弟はなぜ椅子を選んでもって帰ってきたのか。たしか自転車通学だったと思うけれど、どうやって家まで運んだのだろう。何に使おうと思ったのだろう。不思議だ。そして実家で部屋のドア押さえの役割を(かろうじて)果たしていたこの椅子を、今度はわたしが持ち帰った。で、厚めのクッションを置いて、いま座っている。どっしりとした安定感がある。いまの主流のくるくる回るタイプの椅子、あれを買おうと思っていたのだが、当分この椅子でいいんじゃないかなと思い始めた。背もたれもシンプルで丈夫だから心地よい。

今日は娘のピアノコンクールだった。

準優秀賞。つまり、参加賞。それでも娘は自分が一番上手だったと言う。なんだかすごいなあと思った。子どもの自信ってどこからくるのだろう。そして、どこでなくなってしまうんだろう。

はじめてのコンクール。はじめての賞状。大切にとっておこうと思う。

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2008年8月 4日 (月)

野村望東尼

今日はcarinaさんと野村望東尼の旧居・平尾山荘にいってきました。

望東尼は言道の弟子。幕末の志士を山荘に匿ったことで、藩に捕らえられ、姫島の牢屋に閉じ込められた(望東尼60歳のとき)ところを高杉晋作の計らいで救出されたり、数奇な生涯をおくった歌人です。

平尾山荘↓(自分ではうまくしゃしんがとれませんでした)

http://www.yado.co.jp/tiiki/fukuoka/motoni/motoni.htm

こちらにはもっとくわしく紹介されています↓

http://spaspa.gnk.cc/20070603_1/20070603_1.htm

蚊が多かったけれど、いろいろ散策できてよかったです。

clover

望東尼が姫島の牢屋で書いたという歌二首。

 住み初むる囚屋(ひとや)の闇の灯火もなみの音如何に聞き明かさまし  野村望東尼

 墨筆のあやめも別かず暗けれど心の灯掲げてぞ書く  同

望東尼の代表歌(山荘公園の歌碑に書かれてある歌)

 武士のやまと心をよりあはせたゝ゛ひとすぢのおほつなにせよ  同

力強く頼もしい歌だ。幕末の女性、しかも尼さんが詠んだとは思えない。

はっきりいって歌人としてより、歴史上の人物として有名な望東尼だけど、

全集を読んでみたいなと思った。ユニークで魅力的な女性だ。

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2008年8月 3日 (日)

ネット歌会とリアル歌会

詩人の渡辺玄英さんが先日、北九州文学館の講演でおっしゃっていたけれど、確かに短歌の批評は細かい。

批評が密になるにしたがって、細部にこだわりすぎて、全体像を見失っていたり。歌会の参加者全員で巨大迷路で迷子になってしまう可能性もある。

そういう危険を免れるために、歌歴2~30年以上のベテランの歌人に参加、もしくは主宰してもらうのが、結社の歌会(超結社の場合もある)。

これは有意義だと思う。みんなで迷子になりかけたとき、ちょっとした一言で戻してくれる。

ネット歌会には、残念ながらこういう人がいないことが多い。

いま、いくつかネット歌会に参加しているが、批評を読むだけで、一苦労(なので、ほとんど読めていない)いろんなスタイルがあるが、批評を批評することはあまりないようだ(顔がみえない歌会だし)だから自由で楽しいのだけどね。

私自身あるネット歌会の幹事をやっているが、参加者のニーズは、ほとんど「いい批評にふれること」に尽きると思う。いい批評というのは、褒めるだけではない。粗探しをするだけではない。バランスのとれた(たとえば、短歌史的視野で一首をみつめるような)批評だと思う。そうね、その批評によって一首に奥行きが生まれるような。

そんなこと、短歌をはじめて3年や5年でできるわけがない(稀にできる人がいるが、本当に稀。普通はできません。わたしもできません)

ネット歌会も楽しいけれど、やはり勉強という意味では、リアル歌会にかなわない。

東京、名古屋、大阪でいい歌会が開催されている。早く行けるようになりたいなあと思う。

今日も、歌はできなかった。

でも三瀬でブルーベリー狩をしてきたっhappy02目がよくなったかんじ~eye

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2008年8月 2日 (土)

普通のくま

 ライバルはエビフライだよ♪

 せんせはきっとチョコレート♪

 ぼくはくま、くま、くま、くま~♪

(宇多田ヒカルの「ぼくはくま」)

ライバルがエビフライで先生がチョコレートだったら、なんでも楽しいだろうけれど、

ライバルは伊勢海老だったり、せんせいがウイスキーボンボンだったり、

そもそもライバルは海老をやめて浜から上がって進化して、トノサマガエルになったり、

せんせいがウイスキーでは飽き足らず、そこに日本酒やブルーベリーワインを投入したり、

ぼくがくまではなく、しろくまになって、絶滅の危機に瀕したり、

くろくまでも、人里におりて、猟銃でおいかけまわされたり、

くま、くま、まま、くま、くま~♪

今日は子どもを歯医者に連れて行ったり、図書館に行ったり、公園で蝉を探したり、ピアノ教室に連れて行ったり、ふつうのままな一日でした。

ままも人間のままになると・・・(あー、はいはい、もういいです)

おみやげは蝉のぬけがらだよ♪

仕方ないから持ってきたよ♪

でもそっと捨てちゃおう捨てちゃおう、ママ~♪

sun

白い翅の蝉と、茶色い翅の蝉。

去年は平気で摑めたのだが、今年は、だめ。き・・・もちわるい!

なんでだろう。だんだん普通の大人になれてきたのかも。

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2008年8月 1日 (金)

カラヴァッジョの赤

なぜ、美術に興味をもち、

なぜ、美術館に足を運ぶようになったのか、

そのきっかけを思い出した。

水原紫苑さんだ。

短歌をはじめたばかりのころ、水原紫苑さんの『あかるたへ』を読んだ。

読み返してみると、ハートマークなどの書き込みがある・・・。なんなんだろう、3年前のわたし。

そのなかで、こんな歌があった。

 ゆかざりしその紅葉狩悔しきにカラヴァッジョの赤まとひて逢わむ

 (水原紫苑『あかるたへ』より)

カラヴァッジョの赤がどういう赤なのか、すごく知りたくて、本屋さんでカラヴァッジョの本を買ったりしていたころ、ちょうど県立美術館で「バロック・ロココの巨匠たち」展を開催していたので、(カラヴァッジョをみに)行った。が、カラヴァッジョは資料には登場したが、作品は一点もなかった。なんか物足りないなあと思って、上階でやっていた高島野十郎展に足を運んだ、そこで衝撃をうけ、はじめて美術作品に触発されて歌を作るようなった。

そうだ、水原さん、そして、カラヴァッジョ。思い出した思い出した。

いまは、それほどカラヴァッジョをみたいとは思わない。でも、水原さんの歌は凄い。いや、凄まじいと思う。カラヴァッジョの赤と紅葉狩を対比させたところ、怨念にも似た気持ちを含んだ微笑をたたえながら赤いコートかなにかを羽織って愛しい人に逢うのだろう。

カラヴァッジョの赤。

おんなって、こわい。

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