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2008年7月20日 (日)

7月6日はダブル記念日

以前に、7月6日はピアノ記念日ということを、このブログで紹介したが、

http://ayumi-sudoh.cocolog-nifty.com/patapata/2008/07/post_9d28.html

もうひとつ。これは個人的にぞっとしたのだが、7月6日はマルク・シャガールの誕生日といわれている(とシャガール展のキャプションに書いてあった)

彼の誕生日。町は大火事になり、たいへんな騒ぎのなか、誕生したのがシャガール。

いま、シャガールの伝記を読んでいる。

『シャガール-色彩の詩人』(ダニエル・マルシェッソー著、高階秀爾監修、創元社)

半分くらい読んだが、シャガールの生涯のまだ3分の1くらいしか達していない。

まだ、妻のベラが健在な頃。

シャガールは「ベラのOKをとらずに仕上げた油絵や版画は1枚もない」という。

私は思った。シャガールが偉いんじゃなくて、ベラが偉いんじゃないの?

読みすすめていくうちに、どんどんそう思うようになった。

ベラと、娘のイダ。シャガールはこの二人の強力な理解者に愛情と熱意を持って育まれた画家なのだ。

あ、でもまあ、シャガールも、まあ、偉いよね。ちゃんとベラとイダのいうことをきいたのだから。

ベラを描いた作品は深遠で吸い込まれそうな美しさをたたえている。

シャガールは、ベラを深く愛していた。

ちょうど今朝読んだ、石田衣良が毎日新聞の日曜版で連載している『チッチと子』にも、

シャガールの作品をモチーフにしたのではないかと思われるような表現があった。

後にアメリカに亡命し、ベラが亡くなり、シャガールはベラへの想いに悩む。9か月絵筆をとれなかった。多作の彼にとって、それは非常事態だった。見かねたイダは身の回りの世話をする女性として、ヴァージニアを紹介する。

一方、『チッチと子』は売れない小説家が妻を亡くし、小学生の男の子を育てながら、執筆と家事を両立するというストーリー。

『チッチと子』のこの一節を読んで、シャガールの『振り子時計の自画像』を思い出した。

>不在の人のほうが、重い存在感を持っている。もうもどらないことはわかっていても、薄いレースのカーテンでもかけるように、亡くなった妻と三人でいる形を重ねてしまった。意味などないし、第一香織にも失礼である。悲しくなるだけだったが、自分の心の動きはとめられなかった。(石田衣良 毎日新聞連載小説『チッチと子』7/20日掲載分より引用)

石田衣良は有名だが、わたしは作品をまともに読んだことがない。

基本的にテレビによく出る作家の作品は読まない主義。

(テレビに出る暇があれば執筆しろよ、的な考え。でも食べていくためには、メディアへの露出って必要(悪)なんだろうな)

でも、今回の『チッチと子』は、やや批判的な態度をもちながらも、毎回読んでいる。

(大体、小説家を主人公にするところが、取材する暇がありませんでした的な臭いがただよっているし、初回ははっきりいって、もう読むのやめようかと思うくらいひどい内容だった。たぶん書く時間がないんだなあ、この人、という内容。まあ、だんだん面白くなってきたのだが、上の引用の「レースのカーテン」の出し方も唐突だし、すこし雑な書き方をしているなあと思った。発想はいいのだけど、あたためる暇がないのだろう。人気作家ってかわいそうだな)

熊本に無理して行ったり、昨日は一日中子連れでうろうろしていたので、ダウンしてしまった。唇のまわりにブツブツができている。これは危険信号。今日の予定はすべてキャンセル。

体が思うように動かない。困っている。

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